黒い匣『とある男性の独白』

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 食べさせるものは、普段私が口にしているものと変わらない。少女の分を特別に作るのが面倒という訳では無いが、私は普段から栄養を考えた食事をしている。だから、同じ物を食べてくれれば言う事は無かった。それは私の常食であると同時に、今少女に食べて欲しいものでもあるからだ。  とりあえず私は、少女に同じ食事を一膳用意した。そして少女の向かいの席に座り、先に食事を始める。  少女は最初、ナイフとフォークの使い方が分からなかった様だ。しかし私の食べる姿を見て学習したらしく、徐々に個々の動作から拙さが見えなくなっていった。  もしかしたら少女は、元々富裕階級の令嬢だったのかも知れない。シルバーの音を全くさせなかったり、スープを掬って呑む仕草が堂に入っていたりと、一つ一つの仕草から気品を感じさせた。  しかし、食物を零す癖は直らなかった。口の端にだらしなくドレッシングがついていても、全く気にかけないのだ。  少女の口に食べ物が付いているのを見るたびに、私はそっとナプキンで拭ってやる。少女は嫌がったりせず、私のされるがままになっている。  時には私に撫でて欲しい様で、微かに顔を俯かせ、頭を私に向けてくるのだった。  私はそれを無視して、少女の口を拭ったら直ぐに自分の食事に向き直る。  すると、まるで犬猫がそうするように、甘えた鼻声を出すのだ。  それを聞いていると私は遣る瀬無い思いになるが、それでも少女の美しい相貌を見れば、その全てが赦される気がしたのだ。    食事が終わると、私は一心に少女の事を想いながら、少女が零した料理を綺麗に拭き取った。
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