黒い匣『とある男性の独白』

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 それから少女は、私の仕事部屋にある物に興味を示し始めた。  何でも手当たり次第に触れている様だったが、中でも取り分け強い興味を持ったのは鋏だった。  小さな手には不釣合いなサイズの鋏を、少女はちょきちょきと忙しなく動かす。  飽きて放り出し、別の物に触り始めたかと思うと、気づいたらまた鋏を開閉している。  その内に鋏以外の物には興味を持たなくなり、催促しなければ食事をする事も忘れて鋏を弄っている程だった。  もしかしたら、少女の衣服を切り裂いた道具が鋏だったのかも知れない。  だからこそ、少女は鋏に興味を示しているのかも知れない。  少女は自分の無くしている何かを探ろうとして、鋏に拘っているのかも知れない。  そうだとしたら……下手に触らせていると、少女の記憶が蘇る可能性がある。  その考えに至った時には、もう手遅れだった。  不安になった私が仕事を早めに切り上げて帰って来ると、少女は鋏で自分の指を切り落としていた。  男達に囲われていた時の記憶がフラッシュバックし、衝動的に自傷行為に走った様だった。  少女自身はその事で落ち着きを取り戻したのか、まるで何事も無かったかの様に、帰ってきた私に食事をねだった。  ドレスの裾を赤に染め、足りない指でキッチンを指差そうとしていたのだ。  幸い、早く気付けたので治療が間に合ったが……もう少し遅ければ、一生傷が残ってしまったかも知れない。  私はこれ以上少女が傷つかぬ様、少女を薬で眠らせて、安全な場所に置いておく事にした。  一緒にいられる時間が限られてしまうのは心苦しいが、私には少女が傷ついてしまう事の方が耐えられなかった。  加えていつまでも私の部屋に置いておいたら、警察の手が入ったときに成す術がない。私がしている事は、曲りなりにも少女誘拐という形になるのだから。
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