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カナタのささやかな幸せは、長くは続かず、儚くも散っていく運命だった。
―夜11時―
カナタは、自宅に帰宅する。
あの、牢獄と化した空間に。
珍しく父親が夜にも帰ってきていた。
あたしは、父親が嫌いだ。
愛人を何人も作って、大好きな母親を悲しませる父親が嫌い。でも、今は母親も嫌い。
あたしの存在を否定した母親が許せない。母親に裏切られた気がした。
今日は、父親の様子がおかしかった。
父親は、カナタの存在に気付くと、いきなり顔面を殴り付けた。
血しぶきが鉄の扉に飛び散る。
『―?!―』
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
考える暇を与えないかのように、暴力は続く。
殴られた拍子に、扉に強く叩き付けられる。
―ッガガガンッ―
後頭部を強く叩き付けられたせいか、力が全く入らない。自分のうめき声が耳の中で、悲しく響き渡った。
『っ―、ぅう゛~…ど……して?』
“どうして”の言葉が言えない。
苦しくて、痛みが段々強さを増し、突き刺す様に痛い。
後頭部に触れると、その手には生暖かい血が付着していた。
父親が何故こんなにあたしに暴力を振るうのか理解が出来なかった。
あたしがいらない子だから?
それともあたしが嫌いだから?
―このままだと殺される―
そう思ったあたしは、父親の一瞬の隙を突いて、玄関のすぐ側にある台所のガラスのコップを父親の顔面目掛けて力の限り投げ付けた。
コップは、ゆっくりと放物線を描いて父親の顔面に命中する。
父親は、顔面から血を流し、苦悶の表情で床をのたうち回る。
『あ゛ぁ゛ぅ~』
両手で顔を押さえる父親の姿を見たのが、私の記憶に残る最後の映像だった……。
あたしは、あの牢獄から弱った体を引き摺り、死にもの狂いで逃げ出した。
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