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意識が遠退く中、黒い影が通り過ぎた気がした。
『―大丈夫ですか?』
黒魔術師のような顔の隠れるフードを被った若い男性がカナタに声を掛けてきた。
『…助けて………下さい』
重たいまぶたを開いて、その男性を見上げる。
最後の力を振り絞り、声を出して、助けを求めた。
男性の顔は口元しか見えず、不気味にニヤリと笑い、
『あなたを助けて、病院に連れていきましょう。そして、ご両親の暴力から逃れられるように私が手配しますよ』
何故か若い男性はカナタの境遇を知っているような口調だった。
その男性は、話を続ける。
『それか、あなたの人生を変えるチャンスを差し上げることも可能ですよ。こちらのくじを引いていただくか…』
片手には、くじ引きの箱を持っていて、沢山の三角形の紙が入っていた。
『私、くじ引き屋を生業にしております。依頼主様のご意向により、あなたが最適かと』
丁寧にカナタにお辞儀をして、爽やかな笑顔をみせる。その笑顔がさらに不気味さを引き立たせる。
『今のあなたのままを生きるか、未来の違う別人として生きるかは、あなたの選択次第です。病院に行きましょうか。ねっ、さあ!』
くじ引き屋と名乗るその男性は、カナタに手を差し伸べる。
暫くの沈黙の後。
『病院なんか行きたくない。もう戻りたくない!!もう、嫌だ…嫌だ』
力いっぱいの心の叫びが一瞬の力を生み出した。
拒絶するかのように男の手を払い除ける。
『あたし、くじを引きます』
カナタは、くじを引く道を選んだ。
やっぱり、生きたい。
笑顔で過ごしたい。
暴力のない世界へ、そして、愛のある世界へ向かって生きて行くんだ。
これが、あの時下した〈選択〉だった。
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