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目に手が触れた。
そして地獄の百四秒が始まった。
三年経った今でも、人に伝えるのは若干の抵抗のある風景で、滅多に語ることもない。
真実というのが怖くなったのもこの日だ。僕は真実の世界に生きていないのでは、と様々な場面で疑問が追随するようになった。
あのとき目を開いた僕は、開かなければ良かったと思った。
目を閉じれば良かったのに、目を閉じられなかった。
同時に起こる。『静止』という言葉は焼却処分してしまったように、何一つ動きを止めるモノがない。
右に座っていた父親の頭が無音で破裂した。左手の壁際でスイッチの操作をしていた母親の皮膚が裂け始めた。父親の頭から湧き出た血がテレビに飛沫しようとした瞬間、そのテレビの画面も爆破された。ロールケーキは弾け飛び生クリームをまき散らした。父親の爆発は尚も進行し、ついに上半身が消し飛んだ。生クリームで加工された姿は滑稽だった。母親の損壊は続行し続け、凡そ臓器であろう複数が細かいパーツに分裂しながら重力に則り床へ落下する。囲んでいたテーブルはカンナで削ったように剥けていく。床が砕けた。父親が下の階の渡辺さんの家に落ちていく。というか凄く、
気持ち悪い。
何だこれ。
恐怖とも違う、悪寒の延長線上にありそうな醜悪な気分を味あわされる。
何一つ例外なく、壊れていく。
テレビを視ていた渡辺さんの驚いたような表情が一瞬見えた気がしたが、すぐに渡辺さんの顔の皮膚が飛び散ったので確認は出来ない。視界が真っ赤に染まっていく。とうとう母親は体積を二分の一にまで減らし歪んだオブジェを構築する。体液は部屋の塗装に使ってしまったようだ。父親は下の階に落ちて尚、ドロドロに磨り潰され続ける。部屋の壁が壊れ始めた。部屋の電気のスイッチが砕けて後ろの配線類が露わになる。母親だったモノは限界に挑戦しているようで未だ分裂を続けている。父親の姿は確認出来ない。木下さんの家まで落ちたのだろうか。此処は三階だからその下はあるまい。掛け時計のガラスが割れ、文字盤をはじき飛ばしてばらばらと肌色オブジェの上に降り注いだ。オブジェの足下の地面がとうとう砕け、オブジェも渡辺家へ落ちてゆく。その時肌色と赤色に混じり垣間見えた白色は、まるで眼球のように見えた。その眼球も破裂した。
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