60人が本棚に入れています
本棚に追加
草むらのどこかからか、虫たちが小さく、鳴き声を囁く。空の中に映えて、赤く照り輝く雲。ゆったりと靡く風と、徐々に沈んでいく太陽は、夜が近づくことを知らせていた。
動物たちが暮らす草原地帯の近くに流れる、やや幅が大きい川が、楽園に水を与えている。
そんな物静かな夕暮れの中を、一隻の木で組みたてられた小舟が波紋を作っていた。
小舟の上には、二つの人影。
「~♪~♪…………おっ!?」
手入れをしていないのが見て取れる、逆立ち燃え盛るような焔(ほむら)色をした髪の男が、暢気に鼻歌を歌いながら、膝の上に足を立て、船底に背をつけてふんぞり返っている。
「…………旦那ぁ。チョイと静かにしてくれませんかね?」
舟と同じく、木製のオールを握りながら、網笠を被った中年男性が、赤い髪の青年へ、ため息混じりに注意を促した。
それに対して青年は、
「なんでだよ~つれないな~」
唇を尖らせながら、子供のように抗議を始め、勢い良く背中を起こした。
古ぼけた黒い革製のコートを着込んだ青年は、すっぽりと両手を裾の中に隠し、余った服の部分をブラブラ揺らしながら恨めしそうに呟いた。
整った顔立ちに、おっとりした柔和な笑顔は、青年の性格を如実に表している。
つまりそれは、『世の中』を知らないと思わせてしまうのだ。
そんな彼のこれからを案じ、網笠の男性は釘を刺した。
「ここいらは治安が悪い。…………気ぃつけないとおっ死(ち)んじまいますよ」
最初のコメントを投稿しよう!