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「その『服』ね」
年季の入った。…………悪い言い方をすればみすぼらしい、レンの着ている黒いコート。
「これじゃ、ダメなんですか?」
彼はその特徴的な、異様に長い、指すら覆う袖を腕ごと持ち上げ、遠慮がちに尋ねた。
「ダメ。常に清潔じゃないと、お客さんに迷惑かかるでしょ?だからダメ。…………分かったらサッサと、そこに掛けてある服に着替えた着替えた」
レンを衣服が掛けられている空間へと誘導しようとするユリであったが、レンが一向に動く気配を見せなかったので、彼女は疑問を口にした。
「どうしたの?早く来ないと開店できないじゃない」
それに対しレンは、
「それはできません」
「はぁ?」
「他のことは何でもやります。けど……それだけはできません」
頑なにそれを断った。
「…………ふざけてるの?」
ユリは先程の雰囲気とは一変。
ユリの怒り。
それはこれまでの怒りとは、大きく異なったものである。
自分の信念、自分の客、自分の店。全てを馬鹿にされたような、そんな怒りをユリは感じたのだ。
「理由は?」
稍(やや)あって、レンはその問いに答えた。
「理由は…………言えません。けど、信じてください」
そこで区切り、
「悪意は微塵も無いと、これは自分の信念だと」
膝を地に着かせ、頭を深々と下げて。俗に言う土下座の状態で、レンは誠意を込めて懇願する。
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