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海沿いのへんぴな丘に立つその家の窓から、男は海を眺めていた。
ゆったりとした椅子にうずまるように身を沈めたその男は異様な風体だった。片目が隠れる程伸ばされた髪は半分が白く、もう半分が黒かった。整った顔に走る大きな傷跡を境に、髪と同じように二色に彩られた皮膚は生者と死者、両方の様相を持っている。
それは男の人生そのものを表しているようであった。
男の名はブラック・ジャック。無免許にして天才の名を欲しいままにするモグリの医師である。
今、ブラック・ジャックは海を渡る鴎の群れを見ながら、白い波頭をぼんやりと見つめていた。
不意にその口から微かな音が漏れる。
「・・・・・・母さん」
その手元には『姥元琢三』と書かれたカルテが握られている。
ブラック・ジャックの目に僅かに光る物が浮かんだ。
「もうすぐだよ・・・・・・。もうすぐすべてが終わる。その時こそ・・・・・・」
静かに目を閉じる。より一層大きくなった波の音に混じり、うみねこの泣き声が耳の奥に染み渡った。
在りし日の思い出が胸に蘇る。両手足を失った母、それを捨てて愛人と共に立ち去った父、瀕死の自分を助けてくれた本間丈太郎・・・・・・。
全てが渦を巻くように心の中に満ち、そして潮騒と共に消えていく。
近頃はそんな時間を送る事が多くなった。
もうすぐ私の復讐も終わりを迎えるからだろうか・・・・・・。
そんな事を考えたその時、けたたましい音が家中に響き渡った。
思わず椅子から跳ね起きたブラック・ジャックは軽く舌打ちすると、音のした方--キッチンへと視線を飛ばし小さくごちた。
「・・・・・・またか。ピノコ!」
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