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「神は如何にして人を作りたもうたか。お前は知っているか?」
突然の質問に男の目の前にいる青年は意表を突かれたような顔をした。
が、すぐにそれが満面の笑みへと変わる。
「知っていますよ。土くれから出来たんでしょう?」
冗談とも本気ともつかぬ上司の質問に、青年は白い歯を見せて返した。
地元民特有の褐色の肌が、それを一層眩しいものへと引き立たせる。
「そうだ。だがそいつはキリスト教の教えだな」
へえ、と相槌を打つ声は会話を聞き流す独特の軽さを持っていた。
質問をぶつけた男――年の頃四十代の男は制服からはみ出しそうな腹の肉を震わせながら続けた。
「お前はまだ若いから知らんだろうが、世の中には色んな神話がある。我々がかつてそのせいで苦渋を舐めた事は知っているだろう。おっと、こんな話をするんじゃなかった。神話の中にはな、魚が人間の祖先だったりする物もあるんだよ」
すると青年はさも驚いたように大袈裟な表情を作って言った。
「へえ、相変わらず博識ですねえ。ならここでやってる『研究』ってのも教えて欲しいもんです」
青年は狭い警備室のポットに手を伸ばすと、インスタント・コーヒーに熱湯を注いだ。狭い警備室の中を香気が緩やかに漂う。僅かに酸味を含んだその芳香にコロンビアか、と中年の男は当たりをつけて言葉を続けた。
「めったな事を聞くもんじゃない、若僧。ここでの研究は、いや、研究だけじゃない。ここで起こった事は絶対に口外してはならないのだぞ。ましてやドクターに関する事は特に……」
其処まで口にして、男は警備室のモニターに目を移した。
三十六にも及ぶ監視用モニターには、『ブルー』と『グリーン』の普段と変わらぬ静寂が映し出されている。
ドーム型のこの施設はセキュリティー区分毎に外周から、グリーン、ブルー、オレンジと中心にいくほど色が明るくなり、その中央部にはレッドと呼ばれる最重要区画があった。
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