プロローグ

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『ドクター』はその区画の主であった。 いや、もしかするとこの広大な施設そのものの所有者なのかもしれない。 そもそも男は研究どころか『ドクター』の名前も知らなかった。 『ドクター』は監視区域であるブルー、グリーンに顔を出す事はまれで、殆どはモニターする事さえ許さないオレンジ以内の区画に籠もっているからだ。 ただ判るのは、彼がこの施設内において絶対的な権力を持っているという事。 外縁部にあたるグリーンの連中などはこのドクターに会うと決まって姿勢を正し、深々と頭を下げる。 それより内部に当たるブルーの連中もだ。 試験管やらフラスコやら、果ては大型コンピューターに囲まれた涼しげな施設内で、自分達警備員に尊大な態度を取るホワイト・カラーのインテリ共が揃って平伏す場面はなかなかの見ものだと言える。 『ドクター』は週に一度、それもほんの僅かな時間しかブルー以降の区域に姿を表さなかった。 ぎらぎらとした眼光と、尊大な態度を具現化したような鷲鼻、逆立った髪、がっしりとした体躯はどこぞの政治家のようであり、事実、モニター越しにしか見たことがない男にもその圧倒的な存在感は伝わっていた。 最重要区画であるレッドの主である事、そこから出てくる度に白衣を真っ赤に濡らしている事から、何時しか警備員の間ではこのドクターを『レッド公』と読んでいた。
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