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男はイリスの手を引き静かにホール中央まで行った
イリスはうっとりとしながらも、内心穏やかではなかった
いつ体力に限界が来るかもわからない…そんな状況で踊ろうものなら、それこそ本当に命に関わるかもしれない
いや、それよりも、自分の身勝手な行動で周りの人間を失望させないかが怖かった
次の曲が始まると同時に、男はイリスの腰に手を回し、彼女をリードした
流れる様な動き…さりげないリード……まるで、空気に溶け込んだかのような感覚だった
空気の流れに身を任せているような…不思議な心地よさがある
まるで音楽の中に飛び込んだようで、速い動きのはずが、全く苦にならなかった
こんなことをしたらお父様に叱られるかもしれない
不意にそんな事を思ったが、そんな想いも音楽の中に溶けていった
私…こんなに動けたんだ……
周りに意識を向けると、景色が流れていくのがわかる
窓から見える森に、シャンデリア…そして、沢山の人……
そこで、イリスは何か一瞬違和感を持った
いつの間にか招待客の多くはみなダンスを始めている
先程まで会食をしていた者に何やら挨拶を交わしていた者…一人残らず
明かりはそのまま、音楽もさっきと同じもの
特に何か指示が出された様子もない
ただ、そこにいる全員が曲に合わせて揺れているかのように、静かに踊っていた
「いつの間に…」
さっきまで溢れていたざわめきにしか聞こえない会話や食器の音…何も聞こえない
ただ、ステージの近くにいる演奏家たちの奏でる音楽だけが静かに聞こえてくる
ただ、操られたかのように踊っている人々を見ていると、それに意識を向けている自分だけが世界から孤立しているような感覚に見舞われた
自分が今までにない状況だから…そう感じるのだろうか…
そして、イリスはそんな孤独感をどこかで楽しんでいる自分を感じていた
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