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「見ても無駄よ。あなたもいい加減、そんなものに縋るのはよしたら?」
漆黒の液晶に、苛ついた口調とは裏腹な、寂しそうな顔をしたマユミさんが映っていた。「そうですね」と僕は無表情で答える。もう随分前から、僕には表情というものが消えてしまっていたのだ。
「帰るのは朝になるわ。何か欲しいものはある?」
「強いていうなら、足を返してほしいですね」
マユミさんはわかりやすく動揺した。怯えた兎のように唇を震わせ、母親に許しを請う幼女みたいな目で僕を見たあと、足早に部屋を出ていってしまった。いつも愛用しているベージュのポシェットを、ソファーの上に置き忘れている。
監禁されてからというもの、このようにしてマユミさんを虐めることが、僕の唯一の楽しみだった。マユミさんはものごとに対して、冷酷や残酷に徹しきれるタイプではない。僕の前では努めてそういう風に振る舞ってはいるが、少しばかり罪悪感を刺激してやると、すぐに本質を露呈するのだ。
たとえば、僕が「父さんと、またサッカーがしたいな」とか「母さんの料理が食べたいな」などと、特に思ってもいないことを口にしてみる。するとマユミさんは、俯いて涙を流しながら謝罪の言葉を繰り返したり、ひどいときはトイレに駆け込んで嘔吐してしまう。
そういったマユミさんの有り様は、とても滑稽で、見ていて飽きない。僕の思い通りの反応を示してくれる、可愛らしいピエロのようなものだ。
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