消えた灯火

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「オォ!!」  電光掲示板に表示された「153㎞/h」という数字に球場全体からどよめきが起こる。  しなる左腕から投じられた渾身の一球にキャッチャーのミットは微動だにしない。相手打者もおもわず天を仰ぐ。それから僅かに間を置いて、アンパイアの左腕が高らかに上げられた。 「ストライクアウト。スリーアウトチェンジ!!」  豪快なピッチングとは裏腹に小さなガッツポーズと微かなはにかみを見せながらマウンドを駆け下りる早乙女。そんな彼に向けて球場左半分から盛大な拍手が送られる。 あと一回。  多くの野球ファンが待ち望む歓喜の瞬間は目前である。  一回の表を除きスコアボードには0の文字が続く。いわゆる隅一である。出来れば追加点が欲しい場面だが、巡り合わせ悪く八番からの攻撃。それでも、誰もが次の打席に早乙女が立つ事を信じて止まなかった。 「バッターアウト」  八番打者は力無いスイングで三振に倒れる。そしてスタジアムを包むのは、またしても彼に対する大声援。  翠色のバットを片手に持った早乙女はアンパイアとファンに深々と一礼する。  その大きな背中を、後ろから見つめる二つの影があった。
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