消えた灯火

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 試合中断後の静寂を、場内アナウンスの凛とした声が打ち破る。 「ピッチャー、ゴンザレスに変わりまして、山中。ピッチャーは山中。背番号94」  球場全体になり響いたコールは今度は右側半分から驚きの声を湧き起こした。野球を知る者なら誰でも耳を疑う采配。  山中はつい先週に育成枠で入団したばかりの無名選手である。速球には目を見張る物があるものの変化球や制球力がお粗末で、到底プロのレベルではないというのが投球を見た各チーム首脳陣の見解だった。  じっくり育てようというなら悪くない隠し球の素材かもしれない。しかし雌雄を決する大一番に登板させるには、相手の裏をかくメリットの数百倍も無謀なまでのリスクを背負う事になる。  そもそもこのタイミングでの交代に何の意味があるのか。  左打ちの早乙女に、右投げの山中。早乙女は打撃のセンスも決して悪くない。ここまで好投していた先発を下ろした所までは理解出来る。体に何かしらの違和感があったのかもしれない。  それならもっと実績のある中継ぎを投入すれば良い話だ。何故、無名で未知数の新人をマウンドに送ったのか。  その不可解さをスタジアムのファン達も敏感に感じ取った。先ほど発せられたそれとは対極の大声が、野次が、グラウンド内に浴びせられた。 「金返せ!!」 「ノーコンピッチャーはさっさと引っ込め!!」  しかし山中はそんな罵声には顔も向けずに、ただマウンドを目掛けてゆっくりと歩み寄ってくる。 マウンド上で対峙する二人 無機質で、冷たく、それでいて水晶玉のように綺麗な目。そんな山中の視線に、早乙女は何か胸に突っ掛かったような感情に駆られていた。
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