消えた灯火

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 なるほど。この場面でこのピッチャーを投入したのもある程度、賢明な策と見えた。  早乙女は投手らしく読み打ちするタイプのバッターである。情報も皆無で、荒れ球が持ち味のピッチャーとの相性は悪い。  何よりも、一番恐いのは怪我である。下手にデットボールを当てられる位なら、大人しく三振してベンチに引き上げる方が賢い選択だろう。無論、監督もそのことは理解していた。 (アウトで構わん。外側に立って三振しろ)  しかし早乙女は監督からのサインを確認すると、タイムを掛けて監督の下に歩み寄った。 「馬鹿もん。試合中に一体なんだ」  主力への対応らしくその語気に怒りは感じられないが、当惑と若干の非難の色を伺わせている。 「監督。そのサインには従えません」 「何!?」  監督は真に当惑し、聞き返す。 「ファンは我々に全力プレーを望んでいるのではないでしょうか?僕は多少なりともチームに貢献しているつもりです。そんな僕が故意の三振をする姿を彼らが見たら、きっとまた失望することでしょう」  監督は数秒間、考えた。早乙女は主力選手だ。チームの為にも本人の為にも怪我をされては困る。  ただ、だからこそ彼の意志を尊重するべきでもあった。もしここでサインを強いたとしても、早乙女はそれに従うことはないだろう。  監督は決意し、ゆっくりと首を縦に振った。 「私が悪かった。全力で打ちにかかれ。ただ怪我には気を付けろよ!!」  監督の言葉に後押しされ早乙女が打席に戻ると、スタンドのファン達も呼応して彼に声援を送る。長年チームを応援してきたファンは純粋にこの勝負を楽しみ、また応援していた。  小さな掌にお守りを握る少女も、幼いながらに周囲の熱気を感じ取っていた。彼女は鼓動を刻む胸をギュッと抑えると、声にならない応援をバッターに送る。 「パパ、頑張って!!」 収まらぬ球場のボルテージ。  すぐ後、まさかの悲劇が起きようとは、この時はまだ誰も知るよしが無かった。
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