ドートアギト

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 二人が結婚して半年後、ある晩義父と一際派手に喧嘩したドートアギトは家を出た。朝起きたら布団が空だった。置き手紙も何もない、そんな素っ気ない家出である。奇しくも彼の十二歳の誕生日の前夜だった。  ティファはまた泣いた。前の夫の遺言、ドートアギトを真っ当に育てるという言葉を守れなかったからであるが、ここでもマルケンが懸命に彼女を支えたことによって彼女はなんとか立ち直った。息子に愛情を感じていながらも、厭わしく思う気持ちから解放されて、彼女はやがて昔の笑顔を取り戻すことになる。  そしてドートアギトが姿を消してから二年後。夫婦の間に待望の子供が生まれた。 「可愛い可愛い私の子」  彼を初めて抱いた時、ティファは涙を流した。 「生まれてきてくれてありがとう……。それだけで私は幸せよ。だからね、多くのことは望まないわ。ただ元気に、普通に大きくなってね。それだけでいいの、可愛い私の子」  これが生まれたばかりの赤子が、この世に生を受け初めてかけられた言葉である。別段おかしなことでもない。五体満足で生まれたことに対する感謝は、忘れていいものではない。しかしこの言葉はその後、ラインハルトを寝つかせる度に繰り返されてきた、呪縛のような言葉なのである――。
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