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1 結婚と恋愛は別物
残業を終えて寒さに震えながら家へ帰ると、部屋が異様に綺麗に片付いている事に気がついた。
脱ぎ散らかした服は洗濯されていて、床にはゴミ一つ落ちてない。
テーブルの上にびっしり並べていたビールの空き缶はごみ袋に、てんこ盛りだった灰皿は吸い殻どころか灰すら残ってない。
そして、キッチンからは食欲をそそるいい香りが漂ってくる。
「何、コレ?」
唖然と部屋に立ち尽くしていると玄関の開く音がして、驚いたあたしの体が宙に浮く。
「甲斐さん!おかえりなさい」
パーっと光を放つような笑顔で、さも当然のように部屋に上がり込む草食動物。
あたしは野うさぎなんか拾って帰ってきた覚えはない。
「何してんの?」
まるであたしの声なんか聞こえてない様子で、手に提げている袋からビールを差し出す。
「お疲れさま。よく冷えてますから。すぐご飯にしますね」
ニコニコと嬉しそうに、持参のエプロンを装着してキッチンに立つ。
残業で疲れたあたしには、その眩しい笑顔を直視する事はできない。
と言うより…。
「これは一体何のマネ?」
これが当然のリアクションだと思う。
そりゃそうでしょうよ?
今朝の今朝まで散らかり放題だった無人のはずの部屋はピカピカ。
キッチンには鼻歌混じりでご機嫌なエプロン姿の乙女チック野郎。
これが腹が立たずにいられるかって話だよ。
とりあえず渡されたビールを飲み、ソファに腰を下ろした。
「遅かったですね。忙しいから仕方ないか」
その言葉に、あたしのイライラが爆発した。
「あんたねぇ、分かってるんなら残業くらいして行きなさいよ!」
立ち上がり、詰め寄るあたしに神崎はおたまで味見をしながら…。
「俺、今日はちゃんと給料分働きましたよ?」
なんてぬかしやがった。
「そーゆー問題じゃな…」
「急かさなくてももうすぐできますから、座って待ってて下さい」
……(゚д゚)←ホントにこんな顔になった。
遮られた言葉を続ける気にもならない。
あたしはうなだれながらソファに座った。
こいつ…相変わらず、仕事を舐めきってるわ。
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