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「先輩が臆病なのはとりあえず置いておきましょう」
男ってのは狼ですからね、と田中塚は付け加える。
「先輩みたいなヒョロい男子でも、魔が差すということも有り得ます」
「なんだ経験あるような口振りだな」
「わたし、見てくれはかわいいですからね。恐い思いをしたことも、まああります」
「ふーん」
自分でかわいいとか言っちゃってる辺り、彼女の性根の悪さが伺える。
しかし悔しいことに確かにこの女、ナリはいいのだ。見た目のかわいさに騙される哀れな男もそりゃいるだろう。
「ま、わたしに悪さしようとした身の程知らずは一人の例外もなくボコボコにしてきましたけど」
「本当に恐いのは誰だかよーくわかったぜ」
僕は既にこの女の制裁を目にしている。やられた相手は酷い有り様だった。
極真空手を教授してるんだっけ? そう聞いていたがあの戦闘では普通に掴み技もしていたな。意味分からん。
「おっとまた話が逸れてますね。先輩、そうやって言葉巧みに煙に撒くのが先輩の悪い癖なんですよ?」
「お前が勝手に脱線してるだけのように僕には思えたが」
まあ、いいか。僕らは大抵こんな感じだ。
こいつとの付き合いはまだ1ヶ月ちょいだけど、だいたい理解してきた。
「先輩、師之崎部長のことどう思ってるんですか? 好きなんですか?」
「……」
いきなり深く切り込んできたなこいつ。
僕は、どう思ってるのだろう。あの人のことを。
窓から覗かせる、既に散ってしまった桜並木を眼下にぼんやり考えてみた。
部長。彼女のことを考えると、思考が霞みがかったように曖昧になる。なぜだろう。
「……好き、かな」
曖昧なそれを言葉にした。しかしいまいちしっくり来ない。
「ほう」
田中塚の瞳が妖しく光る。
「本当のとこ、よくわかんねーよ。これが恋愛感情なのかどうか。でも僕があの人のことを好きだってことは、はっきりしてる」
「先輩、それ意味わかんないですよ」
田中塚は僕の答えに納得出来ないのか、口をへの字に曲げている。
「僕もわかんねーよ」
「無責任な男です」
責任って、何のだよ。
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