陽が差さぬ場所

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「ちょ、蓮!?」 「キスメ、どうしたの?」 顔から外れたのは、キスメの入っている桶であった。 痛みを堪えながら目を向けると、見上げているキスメと目が合った。 「……………」 しばらくの沈黙の後、キスメは勇儀の背後に隠れてしまった。 何とも居たたまれない気持ちになり、蓮は思わず勇儀に目を向ける。 勇儀はただ苦笑しており、こいしはしゃがみこんでキスメと話している。 「この子は人見知りだからね。気にする必要ないよ」 「………いや、だいたいそんなこったろうとは思っていたさ」 口ではそう言うものの、少しショックは隠せない。 表情を落としかける蓮だったが、真剣な顔で話しを聞いているこいしに気付いた。 見ればキスメも焦った表情で、手を上下に振って説明していた。 「どうしたんだい?」 「………うん。旧都の東側で見たことのない妖怪が暴れているんだって。それでヤマメが……」 その言葉を聞いた瞬間、風もないのに勇儀の着物が揺らいだ。 「………あたしのいない所で、随分楽しそうじゃないか」 勇儀の瞳が剣呑に煌めき、こいしへと向けられた。 「こいし。悪いんだけど、蓮をさとりの所まで連れていってくれないかい?」 「勇儀は?」 頼みに質問で答えるこいしに、勇儀は壮絶な笑みを浮かべながら腰の瓢箪を蓮に手渡した。 「ちょいと祭りに参加してくるよ」 その言葉だけを残し、勇儀は腰を低くしたかと思った次の瞬間、高く跳躍していた。 妖力の余波で吹き飛ばされそうになる帽子を抑えながら、こいしは不満そうに見上げた。 「………私だって参加したいよ」 ぼやく彼女の隣で、蓮は勇儀が飛んで行った方向を見つめた。 先ほどまでいた場所とは違う方向で、黒い靄のようなものが漂っていた。 良い予感はしない。あれは間違いなく、この地にとって災厄としかならないものだ。 直感で感じ取り、蓮はしゃがみこんでキスメと同じ視線に合わせる。 「なぁ。君が見たのって……どんなの?」 しかし、キスメは答えない。よほど嫌われたようで、少し落胆してしまった。 「………とにかく、お姉ちゃんの所に案内するね?」 「いいのか? 勇儀さんは放っておいて」 そう尋ねると、こいしは飄々と笑った。 「だって、勇儀は四天王って言われるくらい強いんだよ。問題ないって」 「……ならいいけど」
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