陽が差さぬ場所

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納得のいかないようではあるが、蓮は立ち上がって勇儀が向かった方向を見つめた。 瞬間、心臓が跳ね上がった。彼の背中を冷たいものがなぞりおち、瞳が凍りつく。 今のは幼い頃に感じていた、懐かしくも思い出したくない感覚であった。 「…………これ、はっ」 愕然と声を漏らす蓮の変化を感じて、こいしは驚いた顔をした。 「ちょっ、大丈夫!?」 「………勇儀のところに」 冷たく抑制のない声色で、蓮は告げた。 「ヤバいのがいる」 俺の心を震わせるほどの。 言葉は吹き上がった何かで霧散した。吹き出てきた紫色の霧が眼前の街を覆い尽くそうとしていた。 こいしが前に出て、愕然と霧を言い当てた。 「そんな、どうして障気が……」 「さとりってのは、ここの管理者なんだよな?」 蓮の言葉に振り向き、頷いて肯定する。 「なら、あの障気の浄化の仕方も知っているな?」 「そりゃ……灼熱地獄の温度を利用すれば……」 「なら、姉ちゃんに障気をどうにかするよう言ってこい」 「蓮は?」 蓮は障気の溢れる街を一瞥し、彼女に視線を戻す。 それだけで意味を察したこいしは、両腕を広げて蓮の前に出た。 「ダメだって、蓮は人間なんだよ!?」 「死んだ身だから、元人間だ」 「危険だって!」 遠くの方で、建物が崩壊した。 振り向けば黒い影が暴れ、建物を破壊しているのがこいしの視界に入った。 「けどな、俺はこんなところにいたら満足出来ないんだ」 それに、と彼は言葉を区切った。 「俺の心が震えるんだ。だから、そっちは任せた」 こいしの額に指弾(デコピン)を当てて、蓮は走り出した。 「ちょっ……もう、知らないんだから!」 走り去る背中に言い放ちながら、こいしはキスメの桶に手を伸ばし掴む。 運ばれていく桶の中で、キスメは最後まで東の旧都を見続けていた。 降りかかってくる黒い影は、ただの闇ではない。対象のとある感情を増幅し、暴走させる力がある。 周囲で影響を受けた鬼が、別の鬼へ殴りかかっていた。 「俺が、俺が彼女を守るはずだった。なのに、なぜ貴様なんかが隣にいる!」 「うるせぇ、てめぇがくずだからだろうが!」 醜い言い争いが周囲で起こり、それが広がっていた。 みな、闇の影響だ。普段は心の奥にしまいこんである感情だが、それは一度爆発してしまうと止まらない。 それは、醜くも心を持つならば、伴わなければならない一部。 嫉妬、という。
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