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「愚かな人間……せめて、痛みなく黄泉へと送ってやろう」
「がっ……」
闇が開いた口から、蓮の体内に忍び込もうとした。
「………ほう。なかなか洒落たものを付けているな」
首から下げているペンダントに気付き、パルスィのもう片方の腕が伸びた。
そして、それを無残に引きちぎってしまう。
その瞬間、蓮の瞳が凍りつく。
「なかなか美しいものだ。貰っておくぞ、死人には勿体無い」
「……………せよ」
締め付けられているはずの口から、言葉が漏れた。
自分の身体が自分のものじゃないかのような感覚に、戸惑うよりも怒りが優先してしまいどうでもよくなる。
心の中から、炎のようなものが燃え上がった。熱くなり、溢れてくるのを感じる。
「……えせよ」
それは大切なものだ。あの人だけに向けた、大切なものだ。
「――――えせよ!」
返せ。
直後、言葉にならない叫びとともに、甚大な気が闇を吹き飛ばした。
目の前で吹き上がった気に、勇儀は瞠目した。
「……馬鹿なっ」
これは夢だ、と頭が言う。しかし、鬼としての本能が現実だと言っている。
ならば、目の前で吹き上がる凄烈な気は、間違いなく青年のものだ。
天へと登り、地底の天井を突く力を、勇儀は知っている。だが、今だかつて、これほどの力を放つ者に会ったことはなかった。
「…………神気だと!?」
目の前で闇を吹き飛ばした凄烈な気は、神が使う神通力だ。それもパルスィよりも強力な、地底にはいない神々の力だ。
「どうして、蓮が………」
愕然としている勇儀の元へ、新しい妖気が舞い降りた。
足元に黒猫が現れ、勇儀と同じように神気を見つめる。
「さとりのとこのペットかい……あれは、何だと思う?」
動物に語りかけながら、勇儀は着崩れしている着物を直す。
黒猫は言葉を理解したのか、可愛らしく鳴いた。
「………大丈夫だよ。あれは悪いやつじゃない」
ふと、勇儀は顔を上げた。
嫌な気が消えていく。障気が無くなっていくのがわかった。
「さとりがうまくやってくれたようだね」
勇儀が再び目を向けると、神通力が収まり始めていた。
「さとりに言伝を頼むよ。部屋を二つ、用意してくれってね」
勇儀の言葉を聞いて、黒猫は一鳴きしてから闇へと消えた。
やがて、完全に神通力が収まり、消えた。
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