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銀の十字架の中心に美しい瑠璃色の水晶が埋め込まれており、一瞬付けてみたいと思ってしまうくらいであった。
しかし、残念なことにチェーンが切れていた。
パルスィは首飾りをしていなかった。
「蓮のか」
唯一考えられる青年を思い返し、預かっている上着のポケットにしまいこむ。
パルスィにその上着を被せて抱き上げて、ふと周囲を見渡した。
「…………ヤマメがいない?」
怪訝そうに勇儀は、いるはずの者達のことを思った。
パルスィの闇は嫉妬を煽るだけでなく、妖怪を食らったという。
ここに来る途中、すれ違った赤鬼から聞いた話しだ。偽りではないだろう。
ならば、彼女達はどこへ行ってしまったというのだろうか。
それとも、二度と手の届かない場所へ行ってしまったというのか。
音を立てて、一枚の木の板が折れた。
板には墨で曼陀羅の文字で文が書かれていたが、それが何だったのかは定かではない。
眼前に鎮座しているのは、若い男だ。
周囲には蝋燭がまばらに立てられて、火が不安そうに揺らめく。
灰色の布を適当に切って、腰に帯を巻くことによって服の代わりをしていた。
胡座をかいていた男は、にやりと笑った。
「…………そうか。嫉妬の女神は祓われたか」
誰となく呟き、彼は肩を震わせた。
「だが、残念だったな」
彼が小さく呪言を口にすると、折れたはずの木の板が動き出した。
「種は植え付けた。やがて、再び芽吹く」
それは揺れるだけで、しばらくしたら動かなくなった。
男の瞳が、怪訝そうに板を見つめた。
「………俺の術を消した、とでもいうのか?」
手を伸ばして板を掴むと、じっとそれを見つめた。
完全に消えたわけではない、まだ微かに残っている。
いや、これは消されたのではない。
「闇が浄化されている、だと………」
声色には、素直に驚きが入っていた。
育まれた闇を浄化するには、対象を遥かに上回る力が必要だ。ましては女神、彼女の神通力を越える神など、地底にいるはずがなかった。
「………面白いじゃないか」
俺の計画を崩す者がいる。それも、かなり強い。
予想外の介入に失敗を考えたが、元々この計画は失敗が目に見えている。
今さらの介入など、ほとんど意味をなさないだろう。
「一方的なものは好きじゃない。じわじわと苦しめるからこそ、楽しいものだ」
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