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飛び込むようにして、男の子を突き飛ばした。
彼は驚いた表情で助けてくれた青年を見つめ、瞳に涙を浮かべる。
「…………っ!」
数瞬しないうちに、彼の身体は弧を描くように地面へ投げ出された。
時間を置かずに赤い水溜まりができ、辺りを悲鳴で覆い尽くす。
意識が朦朧としていく中で、身体に力が抜けていく。
その感覚に恐怖はなく、ただ呆然と想うことは助けた子供のことだ。
きっと無事に助かり、母親のもとへ泣きついていることだろう。
ならば、身を呈して助けた意味があるというものだ。やがて、世界が暗転していき、何も考えることができなくなる。
ただ、最後に消えていくせつな、彼は笑顔を浮かべた。
あの子が助かったんなら、満足だ…………。
その瞬間、神谷蓮という命が、世界から抜け落ちた。
ちりりん、と大気が震えた。
心地よい眠りを妨げたのは、小さな鈴の音であった。
≪――――誰だ、我を呼び起こしたのは≫
「私でございます」
いつの間にか、祈りを捧げるように女性が暗闇の中から現れた。
同時に周囲の灯篭に火が灯り、照らしつけた。
女性は茶色い髪を腰辺りまで伸ばしており、その先に水晶のような髪飾りを付けてる。白い絹の衣服をまとっている姿は、可憐の一言に尽きる。
≪そなたか……何用で我を呼び起こした?≫
重く威圧にあふれた声が、空間に響いた。
灯篭によってともされた空間は、洞窟の内部であった。
女性の目の前には廃れた祭壇があり、ここ数年に人が訪れた気配はない。
「この度お呼びした理由は、お願いがありまして」
≪ほう、珍しい。お前が我に願い事か……≫
深々とお辞儀をしていた女性が顔を上げる。端正な顔立ちが整っており、その瞳は空のように青く澄み渡っていた。
「今、現世にて一人の若者が亡くなられました」
≪気付いておる。俄然ない子供を庇い死ぬ、そういったことは過去にも何度もあった。その者を生き返らせてほしい、という願いは聞き届けられんぞ≫
いえ、と女性は首を振り、剣呑に瞳を輝かせた。
「彼は六花の一片でございます」
その直後、壮絶な気迫がその場を揺らした。灯篭の火が煽られ、消えかかる。
≪………なるほどな。奴らへの対抗策をみすみす死なすのは、確かに惜しいな≫
「ですので、こちらに引きこんではいかがでしょうか?」
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