鉄を操る者

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鉄を操る者

あぁ、これは夢だ。 幸せだった頃の記憶が、鮮明な映像として再生されているだけに過ぎないのだろう。 岩場に囲まれた場所に、幼い子供が駆け回っていた。ときとおりこちらに振り向いては、嬉しそうに手を振っている。 そして、それに笑みを浮かべて手を振り返すのだ。 それも、そんなやりとりも、一体どれほど昔の話しなのだろうか。 今ではもう、その手に触れることはできない。 手の届かない、常闇へといってしまった。 この身にあるのは、子を失った時の、冷たくなっていく身体の感覚。 そして、虐げてきた者達への復讐の念だけであった。 ※※※※※※ 目の前の勇儀が勝ち誇った笑みを浮かべているのに対し、蓮は苦渋の顔をしていた。 二人の間に置かれているのは、将棋盤である。だが、すでに勇儀の駒は半分以上進み、蓮の陣地を脅かしている。 ちなみに、蓮の陣地には王将のみ。 いわゆる詰みの状態であった。 しばらく将棋盤を睨んでいた蓮だが、やがて観念したように、参ったと告げる。 「またあたしの勝ちだね」 「お前、弱いな」 一部始終を見ていた赤鬼に、不満げに顔を向ける。 「やかましい、俺はRPG派なんだ。あと、酒臭い」 彼らがいるのは居酒屋『狼賀』という勇儀達の溜まり場であった。 蓮が幻想入りしてから5日が経ち、随分と地底の生活に慣れてきたところだ。 毎日勇儀達に宴会に誘われたため、いがみ合っていた赤鬼達とも馬が合うようになり、友好関係は良好だった。 そして暇潰しにと始めた将棋だが、結果はかなり残念なことになっている。 「まさか、24戦全勝とは……いやぁ、己の才気が怖いねぇ」 「いや、単にこいつが弱いだけじゃ……」 上機嫌な勇儀には、青鬼の呟きは届いていない。 嘆息と共に蓮は上半身を軽く捻り、腰の骨を鳴らした。 「昼間からずっとやってたけど……どれくらい経ったんだ?」 というか、この地底に時間という概念があるのかどうか、それさえも疑わしい。 そんな疑問に答えたのは、黒髪の青年であった。素っ気ない服で包丁を研ぎながら、口を開く。 「だいたい4時間くらいかな」 「護狼、今日の賄いはなんだい?」 勇儀の言葉に、護狼は大きく息を吐いた。 護狼はこの地底の中で唯一結界が貼れる存在だ。それは彼が、元々名のある陰陽師の式を勤めていたからという。
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