74人が本棚に入れています
本棚に追加
鉄を操る者
あぁ、これは夢だ。
幸せだった頃の記憶が、鮮明な映像として再生されているだけに過ぎないのだろう。
岩場に囲まれた場所に、幼い子供が駆け回っていた。ときとおりこちらに振り向いては、嬉しそうに手を振っている。
そして、それに笑みを浮かべて手を振り返すのだ。
それも、そんなやりとりも、一体どれほど昔の話しなのだろうか。
今ではもう、その手に触れることはできない。
手の届かない、常闇へといってしまった。
この身にあるのは、子を失った時の、冷たくなっていく身体の感覚。
そして、虐げてきた者達への復讐の念だけであった。
※※※※※※
目の前の勇儀が勝ち誇った笑みを浮かべているのに対し、蓮は苦渋の顔をしていた。
二人の間に置かれているのは、将棋盤である。だが、すでに勇儀の駒は半分以上進み、蓮の陣地を脅かしている。
ちなみに、蓮の陣地には王将のみ。
いわゆる詰みの状態であった。
しばらく将棋盤を睨んでいた蓮だが、やがて観念したように、参ったと告げる。
「またあたしの勝ちだね」
「お前、弱いな」
一部始終を見ていた赤鬼に、不満げに顔を向ける。
「やかましい、俺はRPG派なんだ。あと、酒臭い」
彼らがいるのは居酒屋『狼賀』という勇儀達の溜まり場であった。
蓮が幻想入りしてから5日が経ち、随分と地底の生活に慣れてきたところだ。
毎日勇儀達に宴会に誘われたため、いがみ合っていた赤鬼達とも馬が合うようになり、友好関係は良好だった。
そして暇潰しにと始めた将棋だが、結果はかなり残念なことになっている。
「まさか、24戦全勝とは……いやぁ、己の才気が怖いねぇ」
「いや、単にこいつが弱いだけじゃ……」
上機嫌な勇儀には、青鬼の呟きは届いていない。
嘆息と共に蓮は上半身を軽く捻り、腰の骨を鳴らした。
「昼間からずっとやってたけど……どれくらい経ったんだ?」
というか、この地底に時間という概念があるのかどうか、それさえも疑わしい。
そんな疑問に答えたのは、黒髪の青年であった。素っ気ない服で包丁を研ぎながら、口を開く。
「だいたい4時間くらいかな」
「護狼、今日の賄いはなんだい?」
勇儀の言葉に、護狼は大きく息を吐いた。
護狼はこの地底の中で唯一結界が貼れる存在だ。それは彼が、元々名のある陰陽師の式を勤めていたからという。
最初のコメントを投稿しよう!