鉄を操る者

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瞬く間に兎男のひ弱な妖気は吹き飛んでいき、しーんと静まり返った。 赤鬼はやっちまったといわんばかりに頭を抑え、風鬼は我関せずとそっぽを向いている。 いかにパルスィに遅れをとって蓮に助けられたといえど、勇儀は最強の鬼だ。神には及ばずとも、その妖力な甚大である。 だがここまで激高するのは珍しい。普段の彼女ならば酒を台無しにされては即刻鉄拳制裁をかますのだ。 風鬼がよく見ると、勇儀の目が据わっている。無表情で静かだが、この上なく怒っている。 「実はな、あの酒……この前亡くなった人里の酒屋の………」 あぁ、と風鬼は合点がいった。なるほど、それであれほどまでに怒っているのか。 人里に美味い酒を作る老人がいた。彼は酒の味を理解する者ならば、妖怪であろあと人間であろうと隔てなく接した。 人間の短い生涯に幕を閉じたのは2年前で、あの時の勇儀の悲しそうな顔は忘れそうにはない。 そんな勇儀も認める偉人が、酒を愛する者にと、最後に作り出し送った至宝のものなのだ。 それが放物線を美しく描いて、ぽちゃりと。 「…………覚悟は出来ているんだろうね」 「…………へっ!?」 その様子から鬼の存在を知らなかったのか、酷く兎男は狼狽した。完全に圧倒されて、妖気すら出せない。 「姐さん。さすがに完全殺しはまずい、地霊殿になんと言われるか……」 この幻想郷において殺しはご法度であり、それを防ぐためのスペルカードルールだ。 勇儀とて重々承知しており、言葉だけを返した。 「わかってるよ……」 ゆっくりと歩み寄り、勇儀の妖力が跳ね上がる。 「半殺しで勘弁してやる……」 「う、うさっ……?」 兎男はびくりと身を震わせるが、逃げようにも眼光に睨まれ足が動かない。 やがて、勇儀は腕を振り上げた。 「まっ、御愁傷様だな」 響き渡る悲鳴を背にしながら、しみじみと呟く赤鬼に風鬼は同意した。 ※※※※※※ 赤鬼が地霊殿の扉を叩いたのは、時間が一回りして翌日のことだ。 突然の来客にさとりは怪訝に思いながらも、燐を迎えに出して大広間へと向かった。 「あっ、蓮さん」 角を曲がったところで偶然にも蓮と合流し、二人は肩を並べて歩く。 先ほど昼食を取って解散し、さとりは自室へ戻る途中であった。 蓮も似たようなもので、こいしと事件現場へ赴く予定だったのだ。
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