シーズン

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 子供達の春休みに合わせて計画した家族旅行だった。一姫二太郎で授かった二人の子供は気持ち良さそうに後部座席で寝息を立てている。 「春眠、暁を覚えずって、意味が違うんじゃないの?」  走行が安定したところで秋子が言った。 「なんで? 春は眠い季節だから朝が来てもわかんないぐらい熟睡しちまうってことだろ?」 「うんとね、たしか孟浩然(もうこうねん)って詩人の書いた『春暁』の一節なのよ」 「しゅんぎょう?」 「そう。このごろ、夜明けが早くなった。起きるころには、周囲は明るく、小鳥がすでにさえずっている。そういえば、昨晩は雨風が荒れていたが、春にせっかく開いた花が、どれほど落ちてしまったことだろうか……たしか、そういう意味の詩なのよ。だから春は誰もが眠くなる季節だなんて言ってないのよ」 「ふえー、お前教養あるねーっ。いや、我が女房を見直したよ」 「なんですか、それ。あっ、このT字路はどっち行けばいいの?」 「左だよ。海の方だから」  秋子がハンドルを左へ切ると、なだらかな下り坂になり、その先には陽光を反射させて光る海が見えた。 「お前は、秋に生まれたから秋子なのかな?」 「あたしは十月生まれだから……たぶんそうでしょう」  道幅がやや狭くなって、軒の低い土産店が並んでいる。
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