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すると桜璃は笑いながら続けた。
「嘘じゃないよ?本当に思ったんだから仕方ないって。羽留奈は、なんか天使様って感じがする。」
はははっと二人して笑う。
廊下に明るい笑い声が響いた。此処の廊下は、あまり誰も通らない区域なので人っ子一人いないが、それでもその区域だけは明るく見えた。そのくらい二人は楽しそうに笑っていたのだ。
思えばずっと立ったまま話していたのにも関わらず、二人はまったく疲労を感じていなかった。
――楽しかったから。
温かい気持ち。
嬉しい気持ち。
楽しい気持ち。
はしゃぐ心。
落ち着かない心。
全部この瞬間、いっぺんに味わった彼女はこれが、この時が夢ではないかとさえ思えてきた。
(でも、夢じゃないといいな。)
窓の外を見れば時は夕暮れ。
いつのまにこんなに時が過ぎていたのだろうか。思えばおやつの時間も忘れて立っていた。
「桜璃くん、ありがとう。とっても楽しかった。こんなに楽しかったのは、生まれて初めてかもしれない。」
素直に御礼の言葉を述べた羽留奈は、ぺこりと一礼をする。
と、桜璃はそれに一瞬目を丸くしたがまた笑顔に戻って…
「うん、こちらこそありがとう。僕も楽しかった。羽留奈は何号室?また会いにくるよ。」
その言葉を聞いた瞬間また羽留奈は急激に嬉しくなった。
「本当!?嬉しい。また桜璃くんと話せるなんて…。私は、C病棟の、504号室だよ。ありがとう桜璃くん。じゃあ、またね。」
――また会える。また話せる。
そのことが何より羽留奈の心に嬉しさを生んだ。もう上がったテンションが今夜まで下がりきらないくらい、嬉しかった。
「じゃあね羽留奈。」
御互いに手を振って別れる。
何年ぶりだろうか、この遊びがえりの寂しさを感じたのは。
いつぶりだろうか、このまた会える喜びを噛みしめたのは。
はやる想いでその場を去ろうとする。スキップでもしてみようか、そう思った刹那―――…。
胸の辺りに激痛が奔った。
凄まじいほどの痛み。
呼吸すら困難なほどの苦しみがこみ上げてくる。
「がはっ…ぐっ…あ…うっ…。」
ばたっ――。
その場に倒れこむ。
視界がぼんやりして見えない。何も。誰かの声が遠ざかりつつ聞こえる。
痛い、苦しい…。抑えられない衝動。
――お願い、助けて。
手を伸ばした先に重なった温もり。それは一体、誰のものだったのか、意識を手放した彼女にはわからなかった。
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