2.桜の兄弟

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暗闇。一点の光さえない一面の黒。 その中で、急に一点の光がさした。慌てて私は手を伸ばす。 光に焦がれる衝動。夢中で走っていた。追いかけて、追いかけて。つかまらないけれど、追いかける。 すると、急に視界いっぱいに光が広がった。急なことだったので「うっ。」と目をつぶる。 目を開けると、其処は――懐かしい光景だった。 小さい頃、よく乃生兄さんと遊んでいたときの幼き時代。 「乃生にーちゃ、これは?」 「これは、シロツメクサ。で、こっちが…。」 まだ10歳だというのに博識に話す乃生。順々に近くに咲く花の名前を羽留奈に教えてくれた。 「こっちはねー、さくらとぉーももぉっ!!」 無邪気にそう叫びながら乃生の言葉を遮った羽留奈の手には、小さな、花がそっと二つ乗せられていた。 一つは、淡いピンク色がついた花。もうひとつは、薄ピンク色をした花。そう、前者が桃の花。後者が桜の花である。 そんな羽留奈の様子に乃生はにっこりと笑って返答した。 「よくわかったな羽留奈。偉いぞ。」 大人びた感じでそう羽留奈の頭を撫でる乃生は、本当に御兄さんだった。まだ幼子だというのに。 羽留奈は「えへへ。はるな、えらい?」と笑いながら頬をほんのりと赤く染めた。その様子は、実に可愛らしかった。 乃生は、僅かに視線を逸らすと、躊躇いがちに言葉を発した。 「えっ、とそうだ。羽留奈、花言葉って知ってる?」 突然の問いかけに、羽留奈は首を傾げた。「はなことば?」そして、間をおいてゆっくりと頷く。 「あ、うん。はるな、しってるよ。このまえね、ごほんでよんだの。かんごしさんに、よんでもらったの。」 羽留奈は可愛らしく立ち上がり、花弁をすくいながら笑って答えた。その様子に乃生は、にっこりと微笑んだ。そしてまた続ける。 「そうなんだ。じゃあ、桜と桃の花言葉は知ってる?」 乃生の質問に、羽留奈は「うーん」と少し考えてからすとんと座りこみ、首を傾げた。 「わかんない。」 あまりにもぶっきらぼうにそう言った羽留奈が、なんだか可笑しかったようでくすくすと乃生が笑う。 「じゃあ、これは宿題な。」 「えー。しくだい?」 ――これは、いつのことだっただろうか。 おぼろげに浮き上がった泡沫のように、ふわふわと頼りなく追憶にふけったこの瞬間は、はたして夢か現か、 それとも―――…。
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