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それはそんなことがあった夏も過ぎ、何事もなく冬も過ぎ去り、暖かくなり始めた春のことだった。
私がよく使う駅は新幹線が通っている。そのため無駄に人が多い。
今日も無駄に人が多いな、と思いながら、私は自分が乗るJRのホームへ向かう途中だった。
人間観察を趣味とする私は、ホームに行くまで新幹線に乗る人たちを観察していた。歩きながらだから、ほとんど流し見ただけなんだけどね。
だが、視界の端に捉えた影。
赤く染められた髪は伸び、幼い顔立ちと小柄なその体は変わりなく。彼女は、そこにいた。
まるで雷に打たれたように、私は動けなくなった。
彼女は、母親と一緒にいた。きっと帰省していたのだろう。
なぜ、連絡をくれなかったとか。
なぜ、教えてくれなかったとか。
疑問が頭の中に渦巻く。
彼女が、動いた。
こっちを、振り向こうとした。
私は呪縛が解けたかのように、ホームに向かって走り出した。彼女に気づかれる前に、彼女の前からいなくなりたかった。
ホームに駆け込み、その場にしゃがみこむ。
心臓が、酷くうるさい。喉の奥から、嗚咽のようなものが出る。でも、涙は出なかった。
落ち着いたころ、私はホームから後ろを振り返る。そこからでは新幹線に乗る乗客の姿は見えない。
でも、それでもよかった。
それでもよかったから、私は彼女のいるであろう方向を見たかった。
「電車が参ります。白線の内側まで、下がってください」
アナウンスが聞こえ、私は前を向く。
電車に乗り込み、いつもの駅で降りる。
そのころには、私はいつもの私に戻っていた。
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