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春休みも終わり、学校生活が始まった。そして私にも恋人なるものができた。
同じ学校の、ひとつ上の人。でも、どこか子供っぽく、でも、大人で。そんな彼に、私は確かに惹かれていた。
「先輩、一緒に帰っても良いですか?」
「付き合ってんだから、そんなの聞くなよ」
自然に繋がれる手は、何度となく繰り返した行為。でも、力強く角ばったその手に、私は違和感を覚える。それも、いつものこと。
「なぁ、何を見ているんだ?」
不意に、聞かれた言葉。
ああ、どうしよう。
彼が聞いているのは“物質”ではない。私が“誰を想い”、それゆえに“何を見ている”のか。
聞かれたく、なかった。
私は俯いたまま、縋るように繋がれた手を強く握る。
聞かれれば、思い出してしまうから。
「わ、私は……」
「大丈夫、君は強いから。君なら、大丈夫」
するりと私の手から抜かれた彼の手。
離されたては、もう、繋がれることはない。
微笑む彼は、彼女と似ていた。そう、似ていたのだ。私が惹かれていたのは、彼ではなかったのだ。
あぁ、泣いてはいけない。
自覚した、やっと、認めたその事実に、私は涙を流しそうになった。
でも、それはいけない。彼の前でなくなんて、それは許されることじゃない。私は彼を侮辱してはいけない。
だから私は謝らない。(謝れない)
だから私は泣かない。(泣けない)
堪えるために必死に唇をかみ締める。
不意に、強い力に引き寄せられ、暖かい何かに包まれた。
私は彼に抱きしめられていた。
力強く、逞しい腕と胸板。彼女と重ねていたときの違和感はなく、一人の人として彼と接している今は、それを頼もしいと思えた。
強く抱きしめられ、私は堰を切ったように泣き出した。
私は愛していたのだ。
彼ではなく、彼女を。
愛していたのだ。
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