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それから数年。私もはれて一社会人となった。
一人暮らしをはじめ、お気に入りの店を見つけた。私は今日もお気に入りのバーへ足を向ける。
地下にあるそのバーは、青と黒を基調としたシックな店である。喧騒はなく、流れるジャズとクラシックは落ち着いた空間を生み出す。
私はそれが好きで、よくその店に行っている。
そしてそこで作られるカクテルやつまみもとても美味しく、私はちょくちょく通うようになった。
黒のドアを開けると、落ち着いた曲調の、チェロのクラシックが流れていた。
私はバーカウンターのいつもの席に座る。そしていつものようにクォーター・デッキを頼む。
クォーター・デッキはホワイトラムをベースとした、ラム酒のスッキリとしたカクテルだ。
私はそれを飲みながら、四十代も半ばのマスターと他愛無い会話をする。一杯だけ飲んで、それで帰る。それが私の日課だ。
カクテルを飲み終わり、ぼんやりとする。さて、そろそろ帰るか。
私が立ち上がろうとしたとき、コト、とテーブルにカクテルが置かれた。
「あちらのお客様からです」
それはマルガリータだった。
テキーラをベースに、ライムジュースとホワイト・キュラソーを使ったそのカクテルは、悲劇のカクテルとして有名だ。
このカクテルを作ったジャン・デュレッサーの恋人、マルガリータは、彼と狩猟に行ったときに流れ弾に当たって亡くなった。
恋人の死に嘆いたデュレッサー氏は、天国の恋人に捧げるべく作ったのが『マルガリータ』だ。
確かにテキーラベースでラムジュースを使った私好みのカクテルだ。
マルガリータを送ってきた人の方を見ると、てっきり男性だと思ったそれは女性だった。
身長は私より小さくて、髪は私より長い。ちょっとロリ系の顔をしているけど、まっすぐ引かれた眉が彼女を凛と強いように見せる。
彼女、だった。
年月が彼女を変えていったが、面影は変わらない。
「一緒に、どうですか?」
緊張の面持ちで、それでも余裕を見せて、彼女は私に微笑みかける。
「私でよろしければ」
私も、彼女のように緊張して、それでも微笑みかける。
彼女が自分のカクテルを持って私の隣に移動してきた。
「カカオ・フィズ?」
「そ。以外?」
「うん。アルコール弱いんだ」
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