30人が本棚に入れています
本棚に追加
カカオ・フィズはカクテル名にも使われているので分かるように、カカオを使ったカクテルだ。
クレム・ド・カカオという、チョコレートのような甘みと苦味のあるリキュールを使った、甘口で度数の弱いものだ。
女性によく好まれるカクテルとして、男性が頼んでいるのを何度も見ている。
まぁ、甘口なんてそんなに飲まない私には関係ないけど。
ウォーター・デッキもマルガリータもやや辛口で、度数も二十五度前後。
まぁ、一杯だけ飲む予定だから、ちょっと度数の強いものを選ぶのが私の基本だ。そして絶対に辛口。甘口の酒なんて、飲んでると気持ち悪くなるんだよね。
「よく来るの?」
「まぁね」
彼女の問いに答えながら、私は考える。
なぜ、彼女はここで私に声をかけてきたのか。気づいていても、そのままやり過ごすこともできたはずだ。
それなのになぜ、あえて。
あえて声をかけてきたのか。
沈黙が始まり、曲が流れる。互いに声をかけることもなく、カクテルを口に運ぶ。先に沈黙を破ったのは私だった。
「明日早いから、先に帰るね」
私はマルガリータを飲み干して席を立つ。
これ以上、会話もない中で彼女といたくなかった。
逃げるように私は店を出ようとした。
「ま、待って!」
どこか切羽詰ったような彼女の声に、私は驚いて振り向く。そこには、苦しそうな、でも、何か覚悟を決めたような強い眼をした彼女が私を見据えていた。
「また、連絡とか、取り合わない……?」
私は驚いた。だって、連絡を絶ってきたのは彼女だったから。その彼女が、また私と関わろうとしている。
そのための言葉を吐くのに、どれだけの勇気がいるのだろうか。どれだけの覚悟が必要なのだろうか。
私はきっと、否定されるのが怖くて何も言えないだろう。
なぜ、どうして。
その言葉だけが頭の中に回る。
彼女の意図はいったいどこに?
なぜ、また連絡を取り合うの?
ああ、ダメだ。
思考がまとまらない。
私は彼女から視線を外しドアを見る。
「ちょっと、酔ったみたい。外に出ない?」
彼女は私の申し出に、素直に従った。
それから私たちは近くの小さな公園へ行った。
昼間は子連れの親子で賑やかであろうここも、日が沈んで月が顔を覗かせる時間となると静かなものだ。
「二週間くらい前かな。ちょうどあの店の前を通ったら、入るのを見たんだ」
彼女はゆっくりと話し始めた。
.
最初のコメントを投稿しよう!