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夏。閑静な住宅地にある和風邸宅。
ヒゲオヤジこと伴俊作が、家族とつましく暮らすその家で、深夜、電話のベルが鳴り響いた。
「ええい、誰だこんな時間にっ! 非常識なっ!」
俊作は叫ぶと同時に布団を跳ね退け、寝室を飛び出す。時を同じくして、
(非常識なのは今だにそんな電話を家電にしている時代錯誤な父さんだよ……)
けたたましく鳴る電話のベルで目覚めた俊作の息子の賢一は、
(こっちはとんだとばっちりだよ……)
と、自室にて布団を頭まで被りつつ思っていた。が、当の俊作はそんなことなどいざしらず、ばたばたと足を踏み鳴らして電話のある居間へと向かい、明かりをつけるなり、怒りを込めた手で受話器を取る。
「もしもし!」
やっと訪れた静寂を怒鳴り声で掻き消す。我を忘れて近所迷惑などまるで考えていないようである。が、電話に出て間もなく、俊作の顔から赤みが引き、怪訝なものへと変わった。
「あんた……誰だね? ……な、何だとっ!?」
俊作の顔が驚きに染まる。何やら一大事のようである。電話機の側に置いてあったペンを手に取ると、これまた同じく側にあったメモ用紙に、慌てた様子で何やら書き込み始める。
「む、うん、うん……わ、わかった。……む? アデン? あのイエメンの都市かね? うむ、わわわかった!」
通話の後、受話器を置いた俊作は、
「こ、こ、こうしちゃおれん! すぐに段取らねば!」
などと独り言を言いつつ、興奮冷めやらぬ表情と足取りで寝室へと戻っていった。
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