微笑みが鍵であった

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2010年春。 私は田んぼの真ん中に立つ、老朽化を感じさせる精神科の閉鎖病棟に入院していた。 私がそこに入院する事を望んだのだ。 その精神科病棟は県内でも大規模な精神科病院内に建てられ、三階建ての建物が六棟程あり、A棟~F棟という具合に区分されていた。 私はその六棟のうちのA棟の三階の病棟に入院していた。 A棟の三階の病棟は病院内では『A3病棟』と呼ばれていた。 A3病棟は主に重篤の精神病、気分障害の患者が入院する場所であったが、近年は様々な症状の患者が溢れ出してしまい、精神科でありながら痴呆によって家族に見放された患者や言語障害の患者までもが入院していた。 私は<気分変調症>(…暫定ではあるけれど)で決して暴れることもなく、ただ空虚なだけであったのでA3病棟の一番奥の病室でなおかつ更に病室の一番奥の角の ベッドに振り当てられた。 私は元来、内向的性格だった。 だから入院初日は恐れの気持ちでいっぱいだった。親が同行していてもだ。 …入院前日、他の病院に救急搬送された余韻もあり、私は余計に臆病になってしまったのかもしれない。 入院の手続きでも担当の看護師から「A3病棟は重篤患者を扱っている」という説明を聞いていたし、私自身は重篤患者では無いと“思い込んでいた”から(他人から見れば顔つきさえ変わってしまっているほどひどい有り様だったそう。) これから同じ病棟の患者同士、どう接すればいいか分からなかった。 ベッドに案内され、ある程度の説明を受けると私を残してさっさと親は去ってしまった。 とにかく病棟の作り、どういった患者が入院しているのか実際に見てみようとひんやりと薄暗い病棟を徘徊していると、私の背後から「すみません」という声がした。 …振り向くと、そこには2人の女性の患者が手を繋いで立っていた。 ひとりはやや背が高めで細身で明るい茶髪の長い髪を高い位置でポニーテールにし、短パンにTシャツというスタイル。 もうひとりは小柄でぽっちゃりとし、黒い癖毛の髪をのばし、愛嬌のある笑みを浮かべた。 「こんにちは。新しく入ってきたんですか?」 ポニーテールの女性が訪ねてきた。 私はあまりに唐突だったために間を作ってしまったが 「はい。今日から入院なんです。…知らないことだらけで。」 と、当たり障りのない回答をした。 2人の女性は「そうなんですか。」と言う代わりに、ニコリと微笑んだ。
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