微笑みが鍵であった

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「お名前は?なんていうの?」 「私はイナガキナツキと言います。」 「すっごく素敵な名前!!女優さんみたい!!!!」 二人は私の名前を聞くなり、キャッキャ笑顔で小さく騒いだ。 私は我ながら自分の名前を気に入っていた。”イナガキ“は母が再婚した為に自動的に付けられたが、とにかくそういった経歴抜きで私は自分の名前を気に入っているのだ。 それ以外はお世辞にもあまり良いとは言えなかった。 長身で骨太で奥二重の真っ黒な目はどんよりとしていて、まるで男性のような姿だと鏡やガラスに映る自分の姿はコンプレックスの塊だった。 しかしそんな私のコンプレックスを特に悪くは見ず、明るい表情でポニーテールの女性はユイちゃんと呼んでくれと言った。そして小柄な女性はミリンと何故か周りから呼ばれていた。(本名は分からないので私もミリンと呼ぶことにした) 私はユイちゃんとミリンと簡素な喫煙所に入り、煙草をふかしていた。 ユイちゃんはブラックデビルのバラを美味しそうに吸っていたが煙草をふかす手はプルプル震えていた。……それが後に他の患者から聞いた対人恐怖症の症状なのか、薬物によるパーキンソン症状なのかは謎だが。 ミリンはクールを慣れた手つきで箱から取り出し、駅にあるようなブルーのベンチに腰掛けた。 ユイちゃんは36歳の二児の母。 ミリンは38歳の独身。 私は去年二十歳になったばかりだった。 しかし2人は親しげに話しかけてくる。 私もいつしかタメ語で話すようになった。 2人はしきりに私の事を聞きたがった。 病名は何か? 自傷行為はあったか? どこに住んでいるのか? 私はそれらの質問に嫌な気持ちは特に無かった。病名は暫定だが気分変調症だということ、ODもアームカットもリストカットもある。川口市に住んでいる。躊躇無く答えた。 この病棟内で患者が営んでいる社会にはODもアームカットもリストカットも全ては当たり前に起こっていたことなのだ。どんな笑顔を見せても、笑い声を出しても、破滅的なのだ。そして私もまた破滅的なのだ。
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