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背筋を一瞬で凍らせるような声が人垣を割り、うずくまる福子の耳まで届く。
次いで足音。
こつりこつり、彼女へと足早に近付き、直ぐ傍まで来ると立ち止まる。
“………?”
ふわり、と何かが身体に掛けられ。
不思議に思った彼女が顔を上げればそこには。
“――怪我は?”
思わず息を呑んだ。
今まで見たことが無いほど綺麗な顔をした男の人が。
彼女を覗き込んでいた。
“――してないか?”
“…………。”
“おい……?”
呆けたように見詰め返す福子に相手の――恐らく男性教諭だろう『彼』は怪訝そうに顔を顰め(思わず福子が震えたほど、綺麗なだけに凄みのある顰め面だった)。
ふと、何かに気付いた様子で背後を振り向く。
“……何を見てる。”
““…………。””
“鐘はもう鳴ったぞ、授業に戻れ。――それとも《指導》されたいのか?”
最後の響きにはその言葉を向けられた側でない筈の福子も、思わず肩を揺らすほどの刺々しさがあった。
真っ向から受けた周囲の生徒達にはもっと冷たく、鋭く痛く感じられたことだろう。
顔を引き攣らせ、あわあわと蜘蛛の子を散らすように他の生徒達がその場から消えると。
そこには彼女と見知らぬ男性教諭だけが残される。
“……立てるか?”
差し出された手と相手を交互に見詰め、福子は怖ず怖ずと頷く。
“掴まれ。”
“ぁ、あの……、自分で立てます………っ。”
から、と。
最後まで言い終わらぬ内に両手とも捕まり、軽々と引き上げられる。
驚いて見上げた数十センチ先、何度見ても思わず引き込まれそうな端整な面差しが見下ろす。
“……着替えは持ってるか。”
“ぇ、あ…、ジャージが……。”
直視出来ないほどの美貌。
冷たく感じるほどに整いすぎた顔の持ち主と視線が合わせられず、うろうろと視線をさ迷わせたまま答えた彼女に小さく頷き。
彼は彼女の手を掴んだまま、先に立って歩き出す。
“……着くまでは《それ》、羽織ってろ。スカート落とすなよ。”
言われて、今更ながら自分の肩に掛けられていた白衣(もの)に気付いた。
さっき彼が掛けて、衆目から彼女の惨めな姿を隠してくれたものは。
これだったのだ。
“……ありがとうございます……。”
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