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「それが夫に対する言葉ですか」
“夫”という言葉にギョッとして振り返れば、触れてしまいそうな程近くに彼の顔があった。
驚きのあまり、目を見張ったまま、大きく吸い込んだ息も思考回路も止まる。
「…あぁ、キスした方がいいですか?」
義務的な彼の言葉に、思考を取り戻すより先に怒りが湧き出てくる。
「けっ…!けけけ、結構ですっ!!」
それなのに、強気に出るどころか逃げるように体を反らすのが精一杯で、抵抗する声は裏返り、吃る始末だ。
「……」
視線を泳がせる私を、彼は一言も発することなく、ただじっと見つめてくる。
居心地の悪い視線を視界の端でひしひしと感じて、恐る恐る目を向ければ、嫌と言う程職場で見慣れた無表情の彼が居た。
何を考えているのか、一切の感情の抑揚もないその表情。
冷たい印象しか受けない彼に、何故か少しホッとする。
それ程に、両親の前で笑顔を振り撒く彼は異様だった。
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