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「いや、その……。勉強を途中で抜け出してきたから、きっといつも以上に怒ってるだろうから……」
「脱走したのは何回なんだ?」
少しの間を置いて凛は「今日で十回目」と漏らした。
「……俺の管轄外だ」
「か、かんかつ?」
「それは自業自得だと言ってるんだ。自分が謝りに行け。……それとも凛が落とし穴に落ちたという恥をみんなに知られたいか?」
「今、……凛って呼んだ」
しまった、と稚早が思う前に凛が顔の前まで近づいてきて嬉しそうに手を握ってきた。
「凛って呼んだよな!今!」
「き、聞き間違いだ!」
稚早の叫び声が静かな森を駆け抜けて行ったのだった。
突然現れた少年が姫の剣の先生になる。このことに周囲の人間は難色を示した。しかし稚早はめげなかった。凛の友として、先生として、騎士団員として毎日を懸命に過ごした。
その後、稚早はその優れた才能を発揮し、徐々にだが周囲の人間は彼を認めるようになった。
そして、稚早は騎士団を途中退団。凛の抜擢と王の計らいによって、稚早は凛の護衛役……側近の者になった。
あの頃の思い出を思い出す度に、稚早は思った。
もし、凜に会っていなかったらどうなっていただろうと。
あの日、城に侵入したのは他でもなく「紅国の第一皇女に会うためだった」のだが、そんなこと今更言えない。
姫はとても元気で強くて、その名の通りに凛とした心を持っていると聞いたのを自分の目で確かめてやろうと思ったのがきっかけだった。
確かに今自分の目の前には、あの頃と全く変わらない、元気で強い心と意思を持ち合わせた姫がいる。
一生、仕えていこうと心に誓ったたった一人の女性。
「稚早、何ぼーっとしてるんだ?」
「あ、申し訳ありません……」
「……稽古の時は敬語禁止!だったよな?」
あの時と同じように、稚早は「しまった」と呟いたのだった。
『遠き日の紅の森にて』Fin★
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