遠き日の紅の森にて

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  「なぁ椿。そろそろ休みを入れないか?」 「……姫さま、言葉遣いがなっていません。『この辺りで休憩といたしませんか?』と言うものです」 「……『私は疲れましたわ。少しの間、休みたいのですが』」  何か言いたそうな椿の顔。だが諦めたようにため息をついた。 「……まぁギリギリ合格としましょう」 (さっきのでもだいぶん譲歩したつもりなのに) 「それでは何かお飲み物と甘いものをお持ちしますね」  そう言って椿は部屋を出ていった。それを見届けた凛はにやりと笑って、時間差をあけてから自分も部屋を出る。  自分の部屋に戻って、寝台の後ろにある白い布袋を掴みとる。  時間がない。椿が気付いてしまう前にここから離れなければ。  布袋から取り出したのは同年代の男の子が着ている服。この服は、今凛が着ている服よりか遥かに動きやすく、おまけに薄くて通気性がいい。  前に一度この服を着ていたら取り上げられてしまったため、誰にも見つからないようにこうして寝台裏に隠したのだ。  長ったらしい衣装を脱ぎ捨て、お気に入りの服に袖を通す。  背中に垂らしていた自慢の黒髪も、高いところでひとつに結ぶ。  忘れず腰に小さな巾着袋と小刀をさげる。  それから凛は助走をつけて窓の縁に手をかけた。まだ小さくあどけない体だが、それゆえ身軽さは半端ない。  足も同様に縁にかけ、慣れた動きで部屋のむこう、草が生える地面に足をつけた。  その時だった。 「はなせぇっ!!」  凛の右手から聞こえてきた声。それが少年の声だと理解してから足をそちらにむけた。単なる好奇心だ。  
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