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「誕生日、おめでとう」
「……え?」
時計の針は午前十一時を指そうとしている。
公園のベンチに腰掛けた少年が頬を赤らめて突き出した小さな箱を隣に座る少女はしげしげと見つめていた。その反応に痺れを切らした少年は彼女を一瞥し、促す。
「……ん。開けろよ」
「う、うん」
途端、少女は感嘆の息を漏らした。
「気に入ったか?」
箱の中には可愛らしい腕時計が一つ。よほど奮発したのだろう。少年のみすぼらしい格好とは対照的にそれは輝いて見えた。
少女は返事の代わりにコクリと頷き、時計に視線を落とす。
「あのさ……」
「ん?」
「この一瞬が永遠であればいいのにね」
そう願った刹那――。
水面に落とされた石が波紋をつくるかの如く、地上に落とされた一発の爆弾による閃光が輪のように広がる。
昭和二十年八月九日――。
長崎の夏休みは一瞬にしてきのこ雲に天へと攫われていった。
『この瞬間が永遠であればいいのにね』
そんな切なる願いを叶え、時を刻まなくなった腕時計を残して。
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