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蒼天を仰げば、淀んだ太陽が何をするわけでもない棒立ちの僕を照りつけている。
眩しさに目を細めつつも出撃間近の僕はおもむろに胸ポケットから一枚の写真を取り出した。
故郷で僕を待つ漆黒の長髪が綺麗で町でも一番の美人だと評判だった妻と三歳になったばかりの利発そうな自慢の息子だ。
つくづく未練たらたらだな、僕も。
もうすぐ死ぬと言うのに写真から目をそらせないのだから。
瞑目し、そっと写真をもとあったところに押し込んだ時、ふと遠慮がちに僕に声がかかった。
「……和雄」
「なんだ。大輔じゃないか」
僕は親友――大輔の姿に思わず顔を綻ばせる。
そんなに僕の笑顔は不自然だったのだろうか大輔は勢い良く頭を下げた。
「すまん! すまんじゃ済まないことだと言うのも重々承知だが謝らせてくれ!」
「なんでお前が謝るんだよ。志願したのは僕だぞ? お前は何も悪くない」
精一杯の強がりだった。
声が震える。
大して演技力があるわけでもない僕が親友の目を欺くことなど不可能だったらしい。
大輔は食い下がった。
「しかしお前は俺の代わりに出撃――」
「止めてくれよ……」
俯き、拳を握りしめ蚊の鳴くような声で僕は制した。
散り際は綺麗にありたい。
敵鑑に爆弾一つで突っ込んでいくんだ。
戦闘機に燃料は片道しか入ってない。
特攻隊は出撃したが最後、必死の作戦。
そんなことは僕も十二分に理解している。
それでも――
「大輔、僕は誇りなんだ。国のために、何より愛する者のために死ねることが。最高に名誉なことじゃないか」
風になる。風となりてこの国を誇って散りたい。
僕は懐から時計を取り出すと大輔に渡した。
「その代わりに故郷にいる妻と息子にこれを確実に届けてほしい」
「……必ず」
遺書と大切な懐中時計。
形見としてこんな物しか残せなかった。
夫としても父親としても何もしてやれなかったことだけが無念で仕方ない。
「……そろそろ時間だ」
ぽつりと力無く呟くと大輔に背を向け、真っ直ぐに戦闘機を目指す。
が、十数歩進んだところで声がかかった。
「和雄!」
こんな涙でぐちゃぐちゃになったみっともない顔を親友の記憶に残したくはなかったのに体は自然と振り返っていた。
びしっと敬礼をしている大輔に応えるように返したのを最後に僕は戦闘機へと消えた。
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