物語の始まり

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 なんだコレ?  僕は足元にあるモノをまじまじと見詰めた。  長い『J』の字の棒の先、放射線状に伸びた骨組みに防水性の布が張られたモノ。  ――傘、だ。  そんなことはわかってる。  問題は、それがある場所。  なんで水溜まりの中に?  それも、開いた状態で中には水が溜まっている。  どう考えても、雨が止まないうちに置かれたようにしか思えない。  もしくは、止んだ後に置いて、中に水を入れたか。  どちらにしても、なんのためにそんなことをしたのか謎だ。  ウサギのプリントがされたピンク色の傘。  柄には、『1ねん2くみ さなだ あやこ』と書かれたネームプレートが付けられていた。  1年の考えることはわからない。  3年前の僕もこんなことしてたかな?  いや、してない。  ひとまず、こんな道の真ん中にあると、いくら人通りが少ないとはいえ、邪魔になる。  道の脇に寄せようと、傘の柄に手をかける。  爪先が、水溜まりに浸かる。  その瞬間、  ――ぴちょー…ん…  頭の奥で、水音が響いた。  そして、ぐらりと揺らぐ視界。  意識がなくなる直前に見えたのは、  水溜まりの向こうに見える、ピンク色の傘、だった――…。 「……ちゃん…。…に…ちゃん…!」  どこかで声がする。  必死に呼びかける、涙声。  同時に体を揺すられて、僕は目を開けた。 「…おにいちゃん?」  最初に目にに映ったのは、大きな瞳を涙で濡らした女の子。  僕には妹なんていないけど。  そう思った直後に視界に入った光景に、愕然とする。  空、が。  いや、それを空と呼んでいいのか。  僕らの頭上、本来空があるはずのそこにあったのは、重力に逆らって広がる水、だった。  僕は、腕にしがみついている涙目の女の子を見た。 「…さなだ…あやこちゃん…?」  僕の呼びかけに、女の子は肯定するようにさらにギュッとしがみついてきた。  不安な気持ちを消そうとするように。  水溜まりに忘れられた傘。  それがまさかこんなことの始まりなんて、一体誰が想像しただろうか――…。  
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