91人が本棚に入れています
本棚に追加
「そのひと目盛りで一ヶ月。全部で十二の線引きがしてあるから、つまりそれだけで一年分の不眠効果が得られるというわけじゃ」
「へえ、たったこれだけの量でそんな長い不眠効果が得られるのか。すごいなあ」
彼はおおげさに感動してみせた。
「そうじゃとも、そうじゃとも」大学教授らしからぬ単純さですぐに機嫌を直したI氏は、自慢気に何度もうなずく。
そして、腕時計をのぞき込んだ。
「いかん、昼休みも終わりじゃ。急いで戻らねば、午後の講義に遅れる!」
どうやら勤めている大学が近所ということで、昼休みを利用しての帰宅らしい。
I氏はドタバタと階段を駆け下りていった。
「落ち着きのないオヤジだ」彼はI氏の後ろ姿を見送ったあと、フラスコの液体を一息に飲み干した。
そして、気が付いた。
「げっ、そうだこれは一年分だったんだ」
しばし、黙考する。
「まっ、いいか。一年ぐらい寝なくたって。不眠で得られた時間の半分は受験勉強に、残りの半分は大学生活をエンジョイするために使えばいいんだ。そうだ、そうだとも」
うしししししっと彼は声を出して笑い、机上の参考書を開いた。
これからはたっぷり時間が取れるぞ、と思った。
最初のコメントを投稿しよう!