不眠薬

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「そのひと目盛りで一ヶ月。全部で十二の線引きがしてあるから、つまりそれだけで一年分の不眠効果が得られるというわけじゃ」 「へえ、たったこれだけの量でそんな長い不眠効果が得られるのか。すごいなあ」 彼はおおげさに感動してみせた。 「そうじゃとも、そうじゃとも」大学教授らしからぬ単純さですぐに機嫌を直したI氏は、自慢気に何度もうなずく。 そして、腕時計をのぞき込んだ。 「いかん、昼休みも終わりじゃ。急いで戻らねば、午後の講義に遅れる!」 どうやら勤めている大学が近所ということで、昼休みを利用しての帰宅らしい。 I氏はドタバタと階段を駆け下りていった。 「落ち着きのないオヤジだ」彼はI氏の後ろ姿を見送ったあと、フラスコの液体を一息に飲み干した。 そして、気が付いた。 「げっ、そうだこれは一年分だったんだ」 しばし、黙考する。 「まっ、いいか。一年ぐらい寝なくたって。不眠で得られた時間の半分は受験勉強に、残りの半分は大学生活をエンジョイするために使えばいいんだ。そうだ、そうだとも」 うしししししっと彼は声を出して笑い、机上の参考書を開いた。 これからはたっぷり時間が取れるぞ、と思った。
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