7.進藤家の土曜日

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「私は教師をしていましてね、長く美術を教えていました。今は退職して、気ままなものですが」 「美術ですか」 「ええ。油絵、デッサン、版画に彫刻……なんでもやりました。一番好きなのは水彩ですがね」 「祖父とはどんなご縁で?」 「啓二郎さんは写真がお好きでしたでしょう。それが縁です」 「よくわからないのですが……」 「対象を感受し、表現するもの同士、意見を交わしたり、ぶつけ合ったりすることが多かったものですよ。ちょうど、昔の写真があります」 高須はジャケットの懐から一枚の写真を取り出した。 色彩のない、白黒の写真は時代を物語る。 大切に扱ってきたのだろう。状態はとても良かった。 写るのはワイシャツ姿の若い男性二人。 右側の丸ぶち眼鏡の男性は背筋の伸びたきゃしゃな身体で、画板を抱えて微笑んでいる。こちらはおそらく高須老人。 カメラを首から下げた、対称的にガタイの良い男性が不器用に笑顔をつくっている。これがおそらく祖父だろう。 口元の無精ひげは瞬が知るままの祖父だ。 若き日の祖父を瞬は初めて目にした。
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