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綺麗に円を描いた月が、濃紺の空にぽっかりと浮かんでいる。
ゴツゴツとした岩肌を荒涼とした大地を涼しげに照らし、渓谷から吹き抜ける風が崖の双璧になぶられ、まるで人の悲鳴のように鳴りふぶく。
まるで女が泣いているようだ。
弱い風の時はすすり泣くように、強風ともなれば悲痛な叫びとなって辺りに響き渡る。
この谷が「嘆きの谷」と呼ばれる所以だ。
この女性の様な…いや女性よりもはるかに美しい容姿を持つこの男が、たとえ女だったとしても
こんな泣き声をあげる事はきっと無いだろう。
傍らにいる男をちらりと盗み見て、サミュエルと呼ばれるその男はニンマリと微笑んだ。
陶磁器を思わせる、シミひとつ無い透き通った白い肌
目尻がキリッと引き締まった切れ長の目は涼しげに憂いを帯び、その視線は捉えた者を離さない。
唇は、
そうだ唇だ。薄くもなく厚くもなく、どちらかといえば…下唇のほうがプックリしていて官能的に誘いかけている。
そして、その色は紅を塗ったかのように赤く、唇はいつもしっとりと濡れている。
彼を見た者は誰もが、その東洋的な何ともいえない美しさに、一瞬ウットリとしてしまうのだ。
しかし彼の中から滲み出る凛とした強さが、うかつには近寄れない雰囲気を周りに漂わせている。
それは…可憐な美しい花に思わず手を伸ばそうとしたものの
その厳かさについ手を引っ込めてしまう
そういう感じだ。
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