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「……どうしたんだよ」
なんとか一言だけをしぼりだす。菜穂子は指先で軽く目元をぬぐって、視線を落としたままつぶやいた。
「留学しようと思うの」
「え?」
「語学留学。アメリカに。1年間」
ひとつひとつの単語を切りながら菜穂子が言う。それが何を意味するのか。その答えは、染み出してくる水のように少しずつ俺の頭の中に広がっていった。
「また、会えなくなるのか?」
菜穂子がうなずく。
「俺が合格しても?」
もう一度菜穂子がうなずく。俺は思わず、菜穂子の肩をつかんで強引に向き合わせていた。
「ちょっと待てよ……1年だぞ……1年も待ったのに……菜穂子に会いたいから俺は頑張ってきたのに……なのになんで! なんでなんだよ!」
言葉につまり、我に帰った俺はしずかに菜穂子の肩から手を離した。ごめん、とつぶやくと、菜穂子は口をきつく結んで首を振った。
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