願望

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「後天性免疫不全症候群という言葉は御存知ですか?」 白衣を着た男が訪ねる。 何だか難しい言葉。 全く聞き覚えのない言葉だった。 「いえ………。 ……………あのぉ………。 何ですか、それ?」 白衣を着た男はオホンと咳払いをし、診療の検査表を眺めた。 「わかりやすく言います。 下平サクラさん………………………………。 あなたはエイズウィルスに感染しています…………………。」 言ってる意味が……………。 理解は出来る…………… だけど。 白衣を着た男は、微笑む。 「悲観はしないで下さい。 過去には治療が困難でしたが、 現在は多剤併用療法、 またはHAART療法と言いまして 血中のウイルスを測定感度以下にまで抑える事が」 「あの………。」 「はい?」 私はたまらず聞いた。 「…………………赤ちゃんには 影響出るんですか?」 私の手には汗がびっしょりと滴っていた。 膝の上に置いている握り拳は小刻みに震えている。 男はその震えを少しでも和らげようとしたのか、優しくにっこりと笑う。 私は返って来る言葉に不安と恐怖を覚えたが、その男の笑顔で少しの安堵はあった。 たった刹那の瞬間がとても長く感じられ、私は心臓の音がとても大きく聞こえた。 男はゆっくり口を開く。 「……………………大丈夫です。 通常の出産では血液感染の恐れがありますが、帝王切開により血液感染を未然に防ぐ事は出来ますので………。」 ………………。 私は、はぁっと自然に溜め息を洩らした。 心臓の高鳴りはまだ冷めてはいない。 それでも子供を産むことが出来るという事実に安堵した。 しかし、エイズだという不安が解消された訳ではないが………。 私は安堵と不安が混じった気難しい顔をしていたので、男はこれでもかと言わんばかりの明るい顔をする。 「下平さん…………大丈夫!!私達が全力を尽くして完治致しますよ。 本当に今、エイズは治る病気として認知されていますから!」 声こそは出さないものの、笑い混じりの声で、精一杯励まそうとしているのが手に取る様に解る。 私もその男の様子を見て、明るく振る舞う努力をした。 「………それを聞いて安心しましたよ☆ 宜しく…………お願いしますね!」 多少雑談し、診療室を出た。
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