泥と蛆と歪んだ空

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どんよりと曇ったある日のこと。 わたしは二週間ほど雨宮さんのもとに訪れなかった。 雨宮さんとは、特に連絡先を交換しているわけでもなければ、勤め先やら住んでる地区やらを知っているわけでもない。 ただ、あの人はよく太陽が出入りする時間にあそこにいる。朝焼け。夕暮れ。それ以外はあまりあそこにはいない。曇りや雨で、太陽が見えなくとも関係ないらしい。 わたしはその日、本当に気まぐれに、その場所を訪れた。いつ見ても寂れた建物で、幽霊すらいないのではないかと思うほどに閑散としている。 雨宮さんはいなかった。 「あきれたわ」 あきれすぎて、疲れたわ。 本当に忙しい。 雨宮さんがいないと、ここは本当に閑散としている。灰色の廃墟。目を閉じ、鼻から細く長く息を吸った。今にも雨が降り出しそうな、湿気の多い重たい空気が肺に入って、べったりとした不快感があった。 「愚かしいわね」 愚かしく、嘆かわしい。 わたしは何をしているのかしら。約束もなしにやってきて、約束もしていないのに呆れるほど落胆して。 ああ、でも。 雨宮さんが約束をしないから、わたしはここに来たのかもしれないわ。 約束はうそではすまない。裏切りだもの。人は裏切る。誰でも、簡単に、手のひらをくるりと返すほどに簡単に。 わたしはすぐに背を向けた。
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