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百歩譲って、来栖尊がわたしの番号を知っているのはわからなくもないわ。
あの女の好奇心に対する従順さと執着心は常識を逸脱しているし、タイミングの悪さ、といえばかわいげがあるけれど、彼女はなにかしらの運気のようなものを持っている。
だって、雨宮っちのこと好きでしょ?
そう笑ったあの女の顔がゆらめく。
わざわざ雨宮さんに連絡をして探せるあたりが、腹立たしいのだ。
そしてなにより、目の前の雨宮さんが怒っているということが、一番納得がいかない。
「一人で帰るわ」
「それはだめだ。11時だよ」
「それはさっき聞いたわ。タクシーでも拾って、帰るわ」
「ならタクシーがくるまで僕もいるよ」
「迷惑よ」
ぴしゃり、と言い放つと、雨宮さんは眉間にシワを寄せた。歯がゆそうな、そんな顔である。
「すずめちゃん。きみにとやかく言うのは間違ってるかもしれないけど、こんな時間までこんな廃墟でひとりでいて、いろんな人に心配かけて、それでもひとりでいいなんて間違ってるよ」
「あら、まあ」
自分の声があまりにも呑気すぎたので、雨宮さんが怪訝そうな顔をした。
「説教をするのね。死にたがりが、このわたしに」
ぐつぐつと、苛立ちが煮えたぎっている。
ほんとうに、忙しいわ。
わたしだって好きでここに来て眠りこけていたわけないじゃないの。
死にたがり、と言われて、雨宮さんは言葉を失った。当然だ。どんな言葉をつくすより、雨宮さんは死にたがりであることを否定し、そして肯定する。
「いい加減にしてよ。こどもみたいだ」
少なからず驚いた。
どんな言葉より効力があるとわかっていたのに、雨宮さんは逆上きたのだ。
生意気だわ、ほんとうに。
「なにを怒っているのよ。いてほしいときにいなかったのはそっちじゃない」
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