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やってしまっただとか、言ってしまった、とは思わなかった。
忙しい、忙しい。
雨宮さんの驚いたような顔を見て、わたしはざまあみろと柄にもなく汚い言葉で思った。
「今日、死神のようなやつに会ったわ」
思い返すだけで心を鷲掴みにされるような、熱い死のにおいを発するあの男。
潔く殺さないで、と土下座をしたあの男の生き様に比べたら、雨宮さんの生き様など、かすんでしまう。
死神というのは揶揄のつもりだった。実際はただの、蛆虫のごとくみっともないただの下衆だ。
しかし雨宮さんは「えっ?!死神に!」となぜか目を輝かせたのだ。
「え、」
「どんな!」
あまりの食いつきに圧倒されてしまう。
揶揄であったがためにわたしは真実を口にするのをためらってーーおかしいわよ。なぜわたしがためらわなくてはならないの。
「このまえ雨宮さんが突き飛ばした下衆よ」
残念だったわね。
雨宮さんは、想像していた死神ともたらされた情報が違いすぎて突き飛ばしたやつのことを思い出せないようだった。
まあ、わたしのほうも金髪だったのか、背の高いほうだったのかは覚えていないのだけれど。
「いえ、死神ではないわ。あれは人間だった」
おそろしいほど、生に囚われた人間。
たのんます。
ああ、きっと。
わたしはあの男の舌は切れない。
あんなにも切なる気持ちを切ることなんてできるわけがない。
わたしが憎んで蔑んで踏みにじってきた人間とは違う。格別に、おのれの欲望に正直に生きている。
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